芝村 :現・和歌山県田辺市中辺路町小松原
芝村 :紀伊続風土記(現代語訳)
芝村 しば 小名 峯(みね) 田畑高 368石4斗6升4勺 ○杵荒四所明神社 境内周110間 杵荒の2字を土地の人はショクオウと唱えるのは字音が訛ったのでキナラと訓読すべきだ(きねあらの略である)。大和国の奈良を『万葉集』に「古衣(ふるごろも)きなら」と詠じた歌がある。後代の人が奈良の一名のように註した。ゆえに奈良春日四所というのを杵荒(きなら)四所と書いたのであろう(浮屠四所というのに付会して丹生四所明神というのは誤りである)。 摂社地主明神は上古よりこの地に鎮座なさっていたが、春日の神像を拾ってその境内に祀り崇敬して産土神としてから自ずと摂社となったのであろう。 ○滝尻五体王子社 境内山周160間 伝えいうことに、古、奥州の秀衡が妻を携えて熊野に参詣した。その妻は臨月であった。この地に至って産気づいた。人家がないのでこの岩穴の内に入って三郎を産む。そのとき立願して安産を得た。よって七堂伽藍を造営して諸経並びに武具などをその堂中に納めたという。よってその堂を秀衡堂と号する。天正の兵乱で破壊し旧記も紛失して今は堂舎の跡はない。 岩穴の少し上に胎内くぐりという岩穴がある。深さ4間ほど。入り口は4尺ばかり、出口は3尺ばかりの穴である。毎年2月彼岸の中日には近隣より諸人が王子に詣でてこの穴を潜るという。神宝に小太刀(長さ9寸)矢根鈴の3品がある。秀衡の奉納した物という。3種とも古色がある(今、社司がいないので村の中の歓喜寺に納める)。熊野古道が廃してから当社は参詣の人も稀で大いに衰微した。
○不寝王子廃跡 境内周8間 ○小祠2社 ○歓喜寺 小倉山 禅宗関山派京妙心寺末 ○堂2宇 ○小倉山 ○滝尻宿所
旅宿冬月 ○堂跡 ○古石塔 ○三度栗 ○旧家 真砂氏 和歌山県田辺市中辺路町栗栖川 読み方:わかやまけん たなべし なかへちちょう くりすがわ 郵便番号:〒646-1421
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